二人の歩調が揃うまで――映画『リズと青い鳥』感想

 昨日(4/21/2018)*1、劇場公開されたばかりの映画『リズと青い鳥』を見に行ってきた。そして今日、二度目の視聴をつつがなく終えた。劇場特典目当て以外に複数回同じ映画を見に行ったのは実に久しぶりのことだった。一度目はただ圧倒されるばかりだったこの目と耳も、二度目になって賢しらにも分析を試みることを覚えた。乏しい能力でわかる少しのことでさえ、その緻密な構成に畏怖の念を覚えたのである。

 この記事においては、そうした貧しい目と耳が、なんとか理解することのできた要素について書く。ごく一部を切り取れたに過ぎないだろうが、それでもなにか書かなければならない、そう感じさせてくれる映画だった。

 この記事の前に、まとまった感想として以下の感想記事を読み、強く感銘を受けた。この記事はその補完として読んでいただけたら幸いである。
amberfeb.hatenablog.com

(以下、ネタバレを含む)

 本作は劇中作『リズと青い鳥』の世界とそれを元にした楽曲を演奏する高校の吹奏楽部(以下、「本編」と表記)を行ったり来たりしながら、中学からの同級生である傘木希美と鎧塚みぞれの二人の吹奏楽部員をこれまでと今、そしてこれからを丹念に描いていく作品である。
 冒頭はリズが動物たちに餌やりをするなか、青い鳥を見つける印象的なシーンから始まる。そしてそこを抜けると、本編が始まる。学校に先についたみぞれは校庭の階段に腰掛け人を待つ。足音が聞こえるが、みぞれはそちらを見ない。次の足音が聞こえる。みぞれがその音のする方へ向くと、希美がそこにいて、こちらに向かってくる。

 次に二人は、共に音楽室に向かう。文章にすると平穏そうなこのシークエンスは、二人の違いを際立たせる。無造作に上履きを投げ置いてから履く希美に丁寧に揃えて置いてから履くみぞれ、足を大きく振り上げながら歩く希美に狭い歩幅で歩くみぞれ。常に希美が先頭を切り、たまに少し離れるような仕草をしてからみぞれに振り向く。音楽室に着いてからも対比は続く。作曲家について熱心に語る希美、「知らない」とだけ返すみぞれ。自分のパートの後輩たちと仲良く話す希美、自分のパートの唯一の後輩に「上手くいってない」と思わせてしまうみぞれ。一見して希美の側が輝かしく、みぞれの側がくすんでいるようにも見えてしまう。

 そんな二人の関係の転機が、リズが少女の正体に気づいてしまった直後の本編で、以外な人によってもたらされる。新山聡美である。彼女は志望校の決まっていないみぞれに、音大受験を勧める。彼女はあくまで吹奏楽部の外部指導員であり、この時期には学校にいないはずの人である。そんな彼女がわざわざみぞれのもとにやってきて彼女を勧誘するのは、外部指導員としての仕事のためではなく、後進のリクルートのためである。このことを希美が知ってから、二人の関係は変わり始める。同じ音大を受けたいと言い出す希美。のぞ先輩は上手いからフルートのソロだろうと盛り上がる後輩たちを見て破顔する希美は、次の瞬間みぞれの音を聞いて顔を引き締める。*2あがた祭りにみぞれを誘い、一緒に行きたい人はいるかと問いかけ「いない」という答えを得て安堵する希美。だがみぞれはみぞれなりに、後輩との距離を縮めていく。時期はさらに進んで夏、希美がみぞれを誘うときには後輩を連れていけるようになっていた。ここにきて、二人の歩調はだんだん近いものになっていく。

 次の転機は、またしても新山によってもたらされる。希美は新山に音大に行きたいと持ちかけ、指導員として教え子をバックアップするという程度の回答しか引き出せなかった。*3希美はここで「普通大学」へ行くかもと迷いを口にする。言うまでもなく、普通の対義語は特別である。音大を諦めるという選択は、彼女にとって自分が特別でないことを確認する儀式なのだ。可能性だけを示唆していたそれは、他ならぬみぞれによって答え合わせを強いられる。

 その後の図書館のシーンは対象的である。音楽室に向かうみぞれ、図書館に残って普通の問題集を解く希美。みぞれの向きと希美の向きは常に反対を向くよう映され、二人の静かな決別を印象づける。下の階の図書室から、上の階の音楽室へと飛び立つ青い鳥。そして下校時、この映画で初めてみぞれが希美の前を行くも、やがていつもの定位置に、つまり希美の後ろに移動する。そのときの二人の歩調は揃っていた。決定的な違いを互いが理解したことによって。

追記(4/24/2018)

 既に多くの感想が言及し、また山田監督自身が発言している通り、本作において学校は鳥籠のメタファーである。正直に言うと、私はあまりその点を意識していなかったのだが、そのれを踏まえた場合によりクリアになる論点があることに気付いたので追記する。

 その論点とは、新山聡美の果たした役割についてである。上述の通り、新山は知己である顧問の滝の招聘により、外部指導員として吹奏楽部に関わっている。学校という装置を鳥籠に、生徒を中の鳥になぞらえるならば、教師は装置の一部である。学校という場が希美とみぞれに転機をもたらせなかったのと同様、教師たちにも彼女たちを変えられなかった。新山はどうか、その一部と言えるだろうか。外部指導員という肩書きのままであれば、装置の一つであると言えたかもしれない。しかし、彼女はみぞれを個人的に音大受験を勧めることによって、また希美には指導員としての義務感のみ見せることによって、二人をかき回し、別の関係に作り直してしまった。彼女は静かに、鳥籠を揺さぶったのである*4

追記(4/28/2018)

 昨日三回目の視聴におもむき、いくつか気づきがあったので落ち穂を拾うようにはなってしまうが記す。

  • 冒頭は定かではないが、少なくともみぞれが絵本を開いてからの劇中作『リズと青い鳥』はみぞれの解釈になっている。つまり最初みぞれが自分をリズに、希美を青い鳥に配役し、後に逆転することに対応している。
    • みぞれは下駄箱から丁寧に上履きを揃えて履く。同じように、リズは寝るとき、ベッドの前にスリッパを揃えて置く。
    • 少女(青い鳥)が起きたとき、ベッドの周りには本が散乱している。上履きを無造作に置く、本を置き忘れてしまうなどのある種の粗忽さを表しているのではないか(これについてはあまり自信がない)。
    • リズが少女の正体を知ってから、劇中作は配役の変更まで途切れる。リズの気持ちが理解できなくなったためである。
  • コンクール前であるのに、希美とみぞれが一緒に図書館に行かず、かたや受験勉強、かたや練習を始めるのは、やはり不自然である。これは進路調査票を白紙で出し、単にみぞれへの対抗心から音大受験を宣言した希美が、どのように自分は鳥籠から出ていくかを示すために挿入せざるを得なかったのだというのが、現時点での解釈である。
    • そうなると、学校から出るあの瞬間に、みぞれが先頭を切るのは、なんとも示唆的である。

fudesusami.hatenablog.com

 付け加えれば,最後の図書館の場面では,みぞれがもう一度文庫版『リズと青い鳥』を借りているようにみえる.みぞれはこの物語をあらたな気持ちで,肯定的な想いで読めるようになったし,読もうと欲するようにもなったということなのだろう.

 引用部を読み、該当シーンを見て、一つ気づいたことを記す。

 『リズと青い鳥』の物語を肯定できるようになったみぞれは、コンクールについて「たった今、好きになった」と言った一年前のみぞれの変奏である。ユーフォシリーズから黄前久美子の出歯亀性が剥奪された今作では、みぞれの行動によってそれが示される*5

*1:アップ時点ではおとついだが書き始めの時点では昨日だった。

*2:時系列記憶ミス: 見返したところ新山が来る前だった。(4/28/2018)

*3:ちなみに新山の専門はフルートである。

*4:今回はその役回りではないが、ユーフォシリーズではもう一人の指導員、橋本も滝のプライベートをうっかり喋ってしまうことなどで、同様に鳥籠の揺さぶり役になっているように思われる。

*5:エンディングの訳詞が「たった今好きになったことを」となっているのとの対応も考えたが、"I just came to love it now."と動詞がloveとなっているのを考えると少しこじつけかもしれない。