二人の歩調が揃うまで――映画『リズと青い鳥』感想

 昨日(4/21/2018)*1、劇場公開されたばかりの映画『リズと青い鳥』を見に行ってきた。そして今日、二度目の視聴をつつがなく終えた。劇場特典目当て以外に複数回同じ映画を見に行ったのは実に久しぶりのことだった。一度目はただ圧倒されるばかりだったこの目と耳も、二度目になって賢しらにも分析を試みることを覚えた。乏しい能力でわかる少しのことでさえ、その緻密な構成に畏怖の念を覚えたのである。

 この記事においては、そうした貧しい目と耳が、なんとか理解することのできた要素について書く。ごく一部を切り取れたに過ぎないだろうが、それでもなにか書かなければならない、そう感じさせてくれる映画だった。

 この記事の前に、まとまった感想として以下の感想記事を読み、強く感銘を受けた。この記事はその補完として読んでいただけたら幸いである。
amberfeb.hatenablog.com

(以下、ネタバレを含む)

 本作は劇中作『リズと青い鳥』の世界とそれを元にした楽曲を演奏する高校の吹奏楽部(以下、「本編」と表記)を行ったり来たりしながら、中学からの同級生である傘木希美と鎧塚みぞれの二人の吹奏楽部員をこれまでと今、そしてこれからを丹念に描いていく作品である。
 冒頭はリズが動物たちに餌やりをするなか、青い鳥を見つける印象的なシーンから始まる。そしてそこを抜けると、本編が始まる。学校に先についたみぞれは校庭の階段に腰掛け人を待つ。足音が聞こえるが、みぞれはそちらを見ない。次の足音が聞こえる。みぞれがその音のする方へ向くと、希美がそこにいて、こちらに向かってくる。

 次に二人は、共に音楽室に向かう。文章にすると平穏そうなこのシークエンスは、二人の違いを際立たせる。無造作に上履きを投げ置いてから履く希美に丁寧に揃えて置いてから履くみぞれ、足を大きく振り上げながら歩く希美に狭い歩幅で歩くみぞれ。常に希美が先頭を切り、たまに少し離れるような仕草をしてからみぞれに振り向く。音楽室に着いてからも対比は続く。作曲家について熱心に語る希美、「知らない」とだけ返すみぞれ。自分のパートの後輩たちと仲良く話す希美、自分のパートの唯一の後輩に「上手くいってない」と思わせてしまうみぞれ。一見して希美の側が輝かしく、みぞれの側がくすんでいるようにも見えてしまう。

 そんな二人の関係の転機が、リズが少女の正体に気づいてしまった直後の本編で、以外な人によってもたらされる。新山聡美である。彼女は志望校の決まっていないみぞれに、音大受験を勧める。彼女はあくまで吹奏楽部の外部指導員であり、この時期には学校にいないはずの人である。そんな彼女がわざわざみぞれのもとにやってきて彼女を勧誘するのは、外部指導員としての仕事のためではなく、後進のリクルートのためである。このことを希美が知ってから、二人の関係は変わり始める。同じ音大を受けたいと言い出す希美。のぞ先輩は上手いからフルートのソロだろうと盛り上がる後輩たちを見て破顔する希美は、次の瞬間みぞれの音を聞いて顔を引き締める。*2あがた祭りにみぞれを誘い、一緒に行きたい人はいるかと問いかけ「いない」という答えを得て安堵する希美。だがみぞれはみぞれなりに、後輩との距離を縮めていく。時期はさらに進んで夏、希美がみぞれを誘うときには後輩を連れていけるようになっていた。ここにきて、二人の歩調はだんだん近いものになっていく。

 次の転機は、またしても新山によってもたらされる。希美は新山に音大に行きたいと持ちかけ、指導員として教え子をバックアップするという程度の回答しか引き出せなかった。*3希美はここで「普通大学」へ行くかもと迷いを口にする。言うまでもなく、普通の対義語は特別である。音大を諦めるという選択は、彼女にとって自分が特別でないことを確認する儀式なのだ。可能性だけを示唆していたそれは、他ならぬみぞれによって答え合わせを強いられる。

 その後の図書館のシーンは対象的である。音楽室に向かうみぞれ、図書館に残って普通の問題集を解く希美。みぞれの向きと希美の向きは常に反対を向くよう映され、二人の静かな決別を印象づける。下の階の図書室から、上の階の音楽室へと飛び立つ青い鳥。そして下校時、この映画で初めてみぞれが希美の前を行くも、やがていつもの定位置に、つまり希美の後ろに移動する。そのときの二人の歩調は揃っていた。決定的な違いを互いが理解したことによって。

追記(4/24/2018)

 既に多くの感想が言及し、また山田監督自身が発言している通り、本作において学校は鳥籠のメタファーである。正直に言うと、私はあまりその点を意識していなかったのだが、そのれを踏まえた場合によりクリアになる論点があることに気付いたので追記する。

 その論点とは、新山聡美の果たした役割についてである。上述の通り、新山は知己である顧問の滝の招聘により、外部指導員として吹奏楽部に関わっている。学校という装置を鳥籠に、生徒を中の鳥になぞらえるならば、教師は装置の一部である。学校という場が希美とみぞれに転機をもたらせなかったのと同様、教師たちにも彼女たちを変えられなかった。新山はどうか、その一部と言えるだろうか。外部指導員という肩書きのままであれば、装置の一つであると言えたかもしれない。しかし、彼女はみぞれを個人的に音大受験を勧めることによって、また希美には指導員としての義務感のみ見せることによって、二人をかき回し、別の関係に作り直してしまった。彼女は静かに、鳥籠を揺さぶったのである*4

追記(4/28/2018)

 昨日三回目の視聴におもむき、いくつか気づきがあったので落ち穂を拾うようにはなってしまうが記す。

  • 冒頭は定かではないが、少なくともみぞれが絵本を開いてからの劇中作『リズと青い鳥』はみぞれの解釈になっている。つまり最初みぞれが自分をリズに、希美を青い鳥に配役し、後に逆転することに対応している。
    • みぞれは下駄箱から丁寧に上履きを揃えて履く。同じように、リズは寝るとき、ベッドの前にスリッパを揃えて置く。
    • 少女(青い鳥)が起きたとき、ベッドの周りには本が散乱している。上履きを無造作に置く、本を置き忘れてしまうなどのある種の粗忽さを表しているのではないか(これについてはあまり自信がない)。
    • リズが少女の正体を知ってから、劇中作は配役の変更まで途切れる。リズの気持ちが理解できなくなったためである。
  • コンクール前であるのに、希美とみぞれが一緒に図書館に行かず、かたや受験勉強、かたや練習を始めるのは、やはり不自然である。これは進路調査票を白紙で出し、単にみぞれへの対抗心から音大受験を宣言した希美が、どのように自分は鳥籠から出ていくかを示すために挿入せざるを得なかったのだというのが、現時点での解釈である。
    • そうなると、学校から出るあの瞬間に、みぞれが先頭を切るのは、なんとも示唆的である。

fudesusami.hatenablog.com

 付け加えれば,最後の図書館の場面では,みぞれがもう一度文庫版『リズと青い鳥』を借りているようにみえる.みぞれはこの物語をあらたな気持ちで,肯定的な想いで読めるようになったし,読もうと欲するようにもなったということなのだろう.

 引用部を読み、該当シーンを見て、一つ気づいたことを記す。

 『リズと青い鳥』の物語を肯定できるようになったみぞれは、コンクールについて「たった今、好きになった」と言った一年前のみぞれの変奏である。ユーフォシリーズから黄前久美子の出歯亀性が剥奪された今作では、みぞれの行動によってそれが示される*5

*1:アップ時点ではおとついだが書き始めの時点では昨日だった。

*2:時系列記憶ミス: 見返したところ新山が来る前だった。(4/28/2018)

*3:ちなみに新山の専門はフルートである。

*4:今回はその役回りではないが、ユーフォシリーズではもう一人の指導員、橋本も滝のプライベートをうっかり喋ってしまうことなどで、同様に鳥籠の揺さぶり役になっているように思われる。

*5:エンディングの訳詞が「たった今好きになったことを」となっているのとの対応も考えたが、"I just came to love it now."と動詞がloveとなっているのを考えると少しこじつけかもしれない。

白鷺千聖の天才観および氷川日菜理解について

はじめに

 先日Skypeである方*1と通話した際、ガルパの今イベント【What a Wonderfull World!】及び同時開催の【Pastel*Bloom Girlsガチャ】星4カード【お泊まり会 白鷺千聖】における白鷺千聖の扱いについて論戦になったので自説をここにまとめる。議事録形式を検討していたが、書いているうちに自説の擁護めいたものになってしまったため、この形式でいくことにした。

※追記

氏もこの件に対する記事を書かれたので併せて参照されたい。
闇に消えた「お泊まり会」について - Notitiae vix notandae
「お泊まり会」の不在は私もいぶかしんだところであり、やはりどうみても不備であるので、有効な反論を出せずにいる。

 論戦の発端となったイベントストーリー及び当該カードのエピソード(いわゆる左エピ)の箇所を、以下に抜粋する(ネタバレ注意)。

【What a Wonderfull World!】エンディング『みんながいちばん面白い!』

日菜「はあ〜。今日はたーっくさんのあたしじゃない人達に会えて、あたしはあたししかいないんだって気づけて…… すっごく楽しかったけどさ」
日菜「やっぱパスパレのみんながいっちばん面白いな〜。好き!」
千聖自分がたった1人だって気づいた時にこんな風に思える人間って他にいるのかしら)
千聖(真の意味で日菜ちゃんはたった1人の存在なんだわ)

【お泊まり会 白鷺千聖】エピソード『天才とは』

彩「千聖ちゃんの、そういう細かいところに気付く対応……! 気配りの天才って感じだね!」
千聖「天才、ね……」
千聖(天才……違うわ、彩ちゃん天才っていうのは、きっともっと孤独な……)
彩「どうしたの、千聖ちゃん? 私、ヘンな事言っちゃったかな……?」
千聖「……天才って、いったいどういう意味なのかしらね」
(中略)
彩「そうだな〜……私は何かが他の人より、すっごくできる人、ってイメージかな!」
千聖「それじゃあ、秀才と天才は何が違うのかしら?」
(長くなるので要約・秀才とは努力の結果何かができるようになった人と彩が答え、千聖が同意する)
彩「天才の人も、努力とかはするんだろうけど、才能やセンスが人より備わってるのかなって思う! 例えばね〜、あっそう! 日菜ちゃんとか」
千聖「……そうね。日菜ちゃんは確かに、天才よね」
千聖(日菜ちゃんや薫……確かに、元からセンスや才能が備わっているわね。それじゃあ、私は……)

(どちらも強調は引用者)

渾然とした天才観

一読して、2つの天才観が混線していることがわかる。

  1. 天才とは孤独な存在である(千聖の天才観)
  2. 天才とは何かが他の人より秀でている人である(彩の天才観)
  3. 天才とは(2.の条件を満たした上で)センスや才能が人より備わっている人である(彩の天才観')*2

 千聖は3.の意味での「天才」の例として日菜と薫を挙げている。また、1.の意味の「天才」も言及はないものの、日菜を念頭に置いていることはイベストとカードの時系列から明らかだろう。
 つまり千聖は、2つの天才観をまたいで当てはまる存在として、氷川日菜という人物を位置づけている。

白鷺千聖の思いなし

 ここで引用部に話を戻そう。1.の天才観の表明、及びその氷川日菜への当てはめは、丸括弧でくくられた台詞、いわゆる心の声でなされていることに注目したい。イベスト、及びカードを通じて、1.の天才観を発話によって表明しているのはガルパ主人公(いわゆる新人スタッフ)に対してだけである。また、1.の「天才」と3.の「天才」が、千聖なりの理路で接続されるのも新人スタッフとの会話においてである(「自分が天才だからこそ、まわりの天才でない人のことが、わからない」「そして日菜ちゃん自身も、まわりの人には理解してもらえない」などの台詞より)。
 ここに千聖が日菜の理解において、十分な対話を経ることなく推測を重ねているさまが見いだせる。白鷺千聖は、まだ氷川日菜と向き合えてはいないのである。

今後想定される道筋

 私はガルパ公式を信用している*3ので、千聖と日菜の関係が現状のまま続くわけではなく、可能性は未来に向けて開かれていると信じている。では、どのような展開がありうるだろうか。

  • 大和麻弥から日菜の抽象的な話の掘り下げ方を伝授される。
  • 氷川紗夜と千聖がタッグを組んで日菜の情報を共有しあう。
  • 瀬田薫との関係を深め、玉突き的に今までの日菜理解の問題点も悟る。

 私の読みが正しければ、このあたりのどれか一つ、あるいは複数の要素を含む話がいつかイベントで提供されるだろう。特に千聖の考える「天才」二人の比較は公式側でいつかなされることを望んでいる。

*1:高津れぞん / 有栖めてぃ子

*2:なお、彩はこのあとのセリフで、再度千聖に対して「気配りの天才」という言葉を使うが、これは3.の定義にかなったものである(「その人が何を求めてるのかをパって感じ取るセンスがすっごくあるんだと思う!」「積み上げてもできるものじゃない」などの台詞より)。

*3:この信頼度合いの違いが氏との決定的な違いであった。氏はこの点について、少なくとも私よりは悲観的である。一方、私はパスパレバンスト9話視聴以来の推しカプであるまやひながきちんと回収されたことに満足して信頼度を上げている。

バンドリメインキャラ学校歴表

アニメもしくはガールズバンドパーティで明言されているもので、把握している分だけまとめました。訂正・追加があればコメントお願いします。

キャラクター 小学校 中学校 高校
戸山香澄 地元 地元 入試 花女
花園たえ 花女
牛込りみ 関西 花女
山吹沙綾 花女 内進 花女
市ヶ谷有咲 入試 花女 内進 花女
美竹蘭 羽女 内進 羽女
青葉モカ 羽女 内進 羽女
上原ひまり 羽女 内進 羽女
宇田川巴 羽女 内進 羽女
羽沢つぐみ 羽女 内進 羽女
丸山彩 花女
氷川日菜 羽女
白鷺千聖 花女
大和麻弥 羽女
若宮イヴ*1 花女
湊友希那 羽女
氷川紗夜 花女
今井リサ 羽女
宇田川あこ 羽女
白金燐子 花女
弦巻こころ 花女
瀬田薫 羽女
北沢はぐみ 花女
松原花音 花女
奥沢美咲 花女
戸山明日香 地元 入試 花女
山吹純
山吹沙南

*1:若宮イヴが日本に来た年は言及があった気がしますが、どこだったか思い出せないので情報いただきたいです……

「嫁力」発言が詳らかにする四ノ宮しおりと木春由乃の断絶について、あるいはサクラクエストをフェミニズム作品として読むためのメモ

※この記事はサクラクエスト第4話『孤高のアルケミスト』の視聴を前提としています。

趣旨

サクラクエスト第4話『孤高のアルケミスト』にでてくる「嫁力」という言葉をねちねち解釈していこうというのがこの記事の趣旨です。

セリフの経緯

木春由乃たちの町おこしグループに参加することを決めた香月早苗はこれまで住んでいた古民家から彼女たちが集まるログハウスに引っ越しを行い、それをみんなで手伝うことになりました。荷物も全て運び込み、ひと段落というところで「嫁力」という言葉が発せられます。以下書き起こします。

真希「お腹すいた。ちょっと休憩しない?」

凛々子「引っ越しそば」

由乃「アンジェリカさんのお店に行く?」

早苗「今日の日替わりは……カツカレー」

しおり「大丈夫。家からお蕎麦持ってきたよ。茹でるから、ちょっと待っててね」

真希&早苗「「おお~」」

由乃「圧倒的な嫁力……!」

このセリフを木春由乃の何気ないひとこととして処理してしまうのは簡単です。ですがここではあえて深読みを行い、これまでに描写されてきた二人の来歴からこの「嫁力」の含意について考えます。

これまでのキャラ設定のおさらい

木春由乃

  • 少なくとも短大の2年間親元を離れ東京で生活した経験がある。
  • 田舎での生活を嫌がっている。

 四ノ宮しおり

  • 地元を離れて生活した経験があるかは不明。*1
  • 他のメインキャラと異なり、田舎出身かつ地元が大好き
他のキャラが、
  • いったんは地元を飛び出したものの、夢破れて帰ってきた(緑川真希)
  • 間野山は嫌いだが出ていく勇気もない(織部凛々子)
  • 東京出身だが無理な働き方で身体を壊し、逃げるようにして田舎に来た(香月早苗)

であることを考えると、「田舎育ち」という枠で、木春由乃と最も対照的なキャラは四ノ宮しおりであるといえるでしょう。

 第1話の宴会の裏で何が行われていたか

ここで少し唐突ですが、第1話Bパートの宴会シーンを思い返していただきたいと思います。何かに気がつかなかったでしょうか? そう、この宴会で腰を下ろしているのは主賓である木春由乃のほかは、男衆だけなのです。そして女衆(と言っても会長の妻と四ノ宮しおりだけですが……)はというと給仕係を務めています。そしてなんと、四ノ宮しおりは宴会後に木春由乃車で送迎します。つまり、お酒を飲んでいません*2*3

そして送迎の車内で、それぞれの田舎について以下の会話が交わされます。

由乃「まっくら……」

しおり「でも本当に良かった。由乃ちゃんがこの仕事引き受けてくれて……あっ、由乃ちゃんって呼んでも良いよね?」

由乃「あっ……う、うん」

しおり「私のことはしおりでいいよ。由乃ちゃん驚いたでしょ、おじいちゃんたちみんな元気だから

由乃「うん、でもうちの田舎もあんな感じ

ここでの木春由乃の「あんな感じ」には、どのような解釈が考えられるでしょうか。

  1. その前の四ノ宮しおりの「みんな元気だから」へのたんなる返答。
  2. 田舎の「空気感」、特に厨房仕事は女房にまかせ、宴席などではどっかり座っている男たちの様子。
1.を採用すればこの話は即終了です。ねちねち解釈することを標榜する本記事では2.を採用します。この解釈を取った場合、たんに「元気なおじいちゃんたち」を微笑ましく思っているようなふしのある四ノ宮しおりと木春由乃の会話は、一見成立しているように見えて噛み合っていない、溝のあるものになります。さらに四ノ宮しおりは1.の前提でコミュニケーションをしているととらえるのが妥当*4ですから、この会話の中において、含みを持っているのは木春由乃の側と言えます。

「彼女と私の違い」を確認するための「嫁力」発言

サクラクエスト本編において四ノ宮しおりは観光協会の男性職員たちがそもそも呼ぶ人間を間違えたり誤発注をしたりするのとは対照的に、かなり事務能力が高く描写されていますし、コミュニケーション能力も地域の人脈を掴んでいる描写を考えるとかなりあると言えるでしょう。木春由乃をして「この人はなんで東京で就職せずにここに残るのか、『地元愛』だけでそんなことが出来るのか」という思いを抱かせるにいたる材料はそろっているように見えます。その上で「家庭的なこと」を粛々とこなせる四ノ宮しおりを、田舎出身で「田舎の嫁」に求められるものを理解しているからこそ、木春由乃は理解することができず、「彼女と私は違う」ということを確認する儀式を行う必要があったのではないか。もっと分かりやすく言い換えれば、家父長制から逃げることを考えている女性が、家父長制に順応しているように見える(しかも仕事ができる)女性を見たときについ示してしまった理解を拒絶する反応なのではないか。というのが今のところの結論になります。家父長制に対する対照的な姿勢をまとった(ように、少なくとも現時点では見える)二人の女性が抱える断絶が序盤のほうで示されているというのは、今後の関係いかんによってはサクラクエストフェミニズム作品として位置付けることができる可能性があるとを示していると、私は考えます。

*1:あったとしても、付き合いのまだ浅い木春由乃が知っている可能性は低いと考えられます。

*2:もちろん飲酒運転の可能性はありますが、リスクを犯してそうした描写を入れる理由はないため、飲んでいないと考えるのが妥当でしょう。

*3:ついでに言うと、第3話の花見のシーンで四ノ宮しおりはワンカップ酒を飲んでいるため、成人済で酒が嫌いというわけでもないと考えられます。

*4:少なくとも木春由乃の性格や置かれた状況的に、そこまでの深読みをするような場面ではないのではないでしょうか?

それでも3人は崖を登る――インドア派アイカツ!オタクのための超アウトドア映画「MERU」案内

はじめに

昨年の大晦日、本邦に一本の映画が上陸しました。その名は「MERU」。ヒマラヤ山脈のメルー峰にある未踏の難所「シャークスフィン」の初登頂を巡るドキュメンタリー映画です。

本エントリではこの映画「MERU」をアイカツ!が好きなオタクのお友達に宣伝します。
※ネタバレは極力抑えるつもりでしたが、気付いたら全開な感じになっていました。見たくなったら興味を持った段階で切り上げて見てください。

「崖登りだからアイカツ!だ」とか言うつもりはない

アイカツ!といえば斧と崖登りということで、またぞろ安直なオタクが騒ぎ出したぞと言われる前にこういうことは言っておきます。但し私個人は運動もしんどいのも嫌いなオタクなので、「崖登り映画でしょ? 実質アイカツじゃーん(ヘラヘラ」みたいな感想を垂れたいという動機で見たことは白状しておきます。

3人組の力

この映画は以下の3人からなるクライミングチームと、それを取り巻く人々で成り立っています。

  • 経験豊かなリーダー、コンラッド・アンカー
  • 本作の監督も務めるクライミング撮影家、ジミー・チン
  • ヒマラヤ経験は浅いながら、命綱なし崖登りのなどの実績があり知識も申し分ない一番の若手、レナン・オズターク

3人のチームというのはアイカツ!のチーム構成の基本と言っていいでしょう。シャークスフィンはシェルパを雇えるような崖ではないため、全てのリスクと荷物はこの3人で共有し、3人の仲間の中で決めなくてはなりません。クライミング中の映像は全て、彼らのセルフィーです。

ライミングは理詰めで行う

メルー峰のシャークスフィンは過去何人ものクライマーに登頂を諦めてさせてきた未踏の崖です。殆ど足もかけさせてくれないほぼ垂直の崖、人間の体重で何トンもの岩が揺れる不安定な土台、運が悪ければ数日間テントで足止めされる嵐が重なり、「世界で一番難しい崖」と呼ばれています。今まで挑んできたクライマー達は装備の軽量化を図り速攻する戦略を採りますが、今回の部隊は天候の影響を抑えるべく長期戦で戦略を練ります。他にも登攀ルートの策定、食事の配分など、山は考えることに溢れています。

クライマー達の「SHINING LINE*」

クライマーには「師」と「パートナー」がおり、これはアイカツ!で例えれば星宮いちごにおける神崎美月とソレイユ、大空あかりおける星宮いちごとルミナスがそれぞれ該当します。アイカツ!がアイドル達の継承の物語であるのと同じように、「MERU」も登山家達の継承の物語なのです。登山家は親から「私より先に死ぬなよ」と強く言い含められる程に危険な職業ですから、師もパートナーもそから自分も常に死と隣り合わせです。実際、今回の登攀チームのリーダーであるコンラッドも師やパートナーを山で亡くしているのです。山を教えてくれた師と、まさに「二人なら最強」のパフォーマンスを出せたパートナーの死、それを越えてもコンラッドは山に挑むのです。

山を巡る狂気

コンラッドのチームは一度、シャークスフィン登頂を目指し、あと100メートルが登れずに挫折します。そのとき、別のチームからシャークスフィン登頂のための情報提供を打診され承諾した彼はこう漏らします。「これで成功すれば、もう行かなくてすむ」。このチームが失敗し、再度計画を立てている最中、クルー達が相次いで山に命を奪われかけます。特に最年少のレナンは歩けなくなる一歩手前の怪我を負い、登山仲間達からは共に登攀することを強く反対されます。それでも彼らは向かいます、一度目と同じ3人のチームで。理詰めで始められた登攀は、最後には山が呼び起こす狂気によって達成されるのです。

終わりに――崖を登るのはやっぱりアイカツ!だったよ

最初に「『崖登りだからアイカツ!だ』とか言うつもりはない」と宣言してこの話をするのは恐縮ですが、思えばエンジェリーマウンテンの崖登りも危険なものだとは作中ではっきり言及されている(その上エレベーターもちゃんと存在する)ものでした。星宮いちごは(エレベーターがあることを知らなかったからですが)崖を登り、大空あかりは(エンジェリーシュガーでもないのに)崖を登り、天羽まどかは(エレベーターがあることを知りながら)崖を登ってプレミアムドレスを獲得していきます。他にもキュートタイプドレスのブランドがある中でなぜ彼女達は崖を登るのか。それはアイカツ!が己の全存在を賭け金にした博打を闘っていくゲームであり、彼女達がその虜になっているからに他なりません。

そしてまた、MERUの3人も己の全存在を賭けたゲームに魅せられ、理性と狂気の狭間で山を目指します。何のためかは名状できない何かのために。

芸能人はカードが命!11

報告

全体主義合同を100冊も引っ提げて乗り込んだ芸カ、「絶対売れ残るだろ」と自分でも思っていた芸カ、なのになんと、2時前には完売という、とてつもない結果となりました。買ってくださったみなさま、ひとえにありがとうございます。そして買い逃してしまった皆様(こういう言い方するとちょっと良くない気もしますが、再販希望とかいただいてとても嬉しかったです)、ツイートの方でも流しましたが、再販計画が立ちました!


というわけで、コミケ非常線アウトノミアさんのスペースにて頒布していただく運びとなりましたので、買い逃してしまった方、新しく興味を持ってくださった方はぜひお買い求め下さい。

今後

全体主義合同のVol.2を出したい。

今回が三名という少人数でのスタートでしたので、もっと人を集めてやりたいねという風に考えております。特に今回手に取ってくださった方などで、やっていきたい!と思われた方をお待ちしております。

他のアイカツ本をやりたい。

言うだけタダの精神で、いくつか列挙します。

心中合同

あとがきには心中合同などを書きました。これに対してはこういうパイロット番的なものを書いているので、一緒に地獄の窯の蓋を開けてくれる人がいたらやりたい。
www.pixiv.net

パロディ合同「パロカツ!」

もともと全体主義合同は「供述によると星宮は……」という一発ネタから始まったので、こちらでやってもよかったかなというのがあります。なのでアイカツを文学(古典、純、大衆などの区別問わず)や映画などでパロディしたパロディ専門合同誌を出したい。

白銀リリィの強火解釈小説書きたい

かなり難しいチャレンジですが、やりたいはやりたい。

その他、アイカツ限界妄想を実現していきたい。








アイカツ!全体主義合同

11/05 追記 拙稿「供述によると星宮は……」のお試し版へのリンクを追加

趣旨

アイカツのアイドルが全体主義体制の国家宣伝体制に組み込まれる合同誌(人員が集まらなかったため執筆者は3人)を11月20日の「芸能人はカードが命11」にて頒布します。
f:id:EconomicWelfare:20161029025439p:plain

なぜこの取り合わせを考え付いたか

表現者としてのアイドル

アイカツのアイドルは一貫して、わりと自律性が高めに描写されているように思います(他のアイドルアニメ、3次元アイドル経験が少ないので印象論ですが)。全体主義国家のような極端な政治体制に反発するにしろ付き従うにしろ、そこに各自の判断が強く立ち現れてくると考えました。

アイカツシステムと政治の親和性

アイカツ!-アイドルカツドウ-において欠かせないものといえば、アツいアイドル活動「アイカツ」を支えるアイカツシステムは欠かせないでしょう。
このアイカツシステムの作中からわかる特徴を列挙します。

  • アイカツシステムを扱うエンジニア(専門家)がいるらしい。
  • 電力を消費する。
  • かえでのアメリカアイカツ事情話や神崎美月アジアツアーなどの話から、各国でアイカツシステムは使われている。
  • ステージ規模に応じて、電力消費はかなり変化する(船上やアイカツブートキャンプの島などでもライブをしていたが、スタジアムの停電ではライブが出来なかったため)。
  • 本気で調整すればかなりエキセントリックなことも可能な表現力を持つ(アイカツ!~ねらわれた魔法のアイカツカード~参照)。

つまり

  • 国際的にも地位を得ており、
  • 非常に高い表現能力を持つが、
  • 運用に専門家集団が必要で、
  • 大規模な舞台には少なくとも大スタジアムに供給するレベルの電源が必要。

ここから導ける一つの回答、それが国家資本投入だったのです。

アイカツシステムと身体

加えて、アイカツシステムにはもう一つ重要な要素があります。それは、

  • 裸、もしくは下着姿(発光していますが)と思われる姿で走り、巨大化したカードを通過することでドレスアップする。

つまりアイカツシステムに入るとき、アイドルは一度身に着けるものを持たない状態、システムに身体を預けた状態になるのです。最もセンシティブな部分に触れるものの管理を誰に任せるかの問題がここに現れます。

エリートとしてスターライト学園・ドリームアカデミー

アイカツの日常回などを見ているとたまに忘れそうになるのですが、スターライト学園は超がつく倍率であり、「アイドル」という分野の隔絶したエリート校です。その中でもメインキャラ衆は頭一つ抜けた集団です。また3期以降添え物扱いになってしまったドリアカの4人も同様の集団といえるでしょう。
エリートという存在は往々にして社会から「役割」を果たせと言われがちです。もちろん「役割」には例えば慈善事業に寄付しろなどの良いものもありますが、独裁者や非人道国家などのプロパガンダへの参加などを求められる可能性だってあるわけです。エリートの葛藤としての権力と向き合うスターライト・ドリアカアイドル、見たくないでしょうか?

拙稿「供述によると星宮は……」

供述によるとペレイラは……

全体的な話が終わったので、ここからは拙稿「供述によると星宮は……」の話をします。ピンと来た方もいらっしゃるかもしれませんが、イタリアの作家アントニオ・タブッキの小説「供述によるとペレイラは……」のパロディとなっています。

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

舞台は1938年のポルトガル。70年代初頭まで続く独裁体制の体制が整い、スペイン内戦にあってフランコへの支援を決定した時期にあたります。そんななか、リスボンの弱小新聞社で働く中年の文化部記者ペレイラは政治への無関心を貫きます。若き闘士モンティロ・ロッシとの出会いまで……

アイカツ!との親和性

ペレイラもロッシも大卒です。この時期のポルトガル識字率が50%という欧州の西側にある国家と思えない数値ですから、これは大変なエリートといえます。片や社会と切り結ぶことにはもはやくたびれ、長い余生の消化モードに入った中年、片や社会改良の情熱に燃え不器用に邁進していく若者。アイカツキャラでロールプレイするには最適です。そしてペレイラもロッシも、死について真剣に考えます。「死」というのは身体をめぐる事象として特別の地位にありますから、それをアイカツシステムと身体の問題にスライドしていけます。加えてペレイラは記者であり、ロッシはその助手ですから、二人とも表現者です。本当に何から何までおあつらえ向き過ぎて、怖いぐらいですね。
また、ペレイラの妻の存在もこの作品に大きな影を投げかけます。アイカツでなぞる以上女と女の感情の話になります。百合です。

最後に

政治にかこつけて好き放題百合をやっているので、ぜひにお買い求めください。

11/05 追記 お試し版を追加しました!
www.pixiv.net